Interview
K.Ishida
本店営業部/2008年入行
01
数字は過去のもの。
「人」の先に未来がある。
Profile
骨折と野球に明け暮れた少年は、気づけばお客様の未来を支える銀行員に。「銀行の仕事は、数字より、人を見る仕事です」と語るK.Iさん。その視点の源泉を追いかけてみました。
Personality
個性
骨折してもバットを
離さなかった少年時代
ー 幼少期は野球にのめり込んでいたそうですね。
はい。祖父の影響で野球好きになって、家の中でバットとボール持って歩いてたらしいです。人を見ると“投げて”って言ってたと(笑)。
ー よく怪我をされていたようで…
そうなんですよ。骨折ばかりしていて、小2で足をやって、中学で足首、高校でまた骨折、大学では右手も(笑)。でも辞めるという発想はなかったです。
ー キャッチャーをやっていたとか。
小3からですね。声が大きいからという理由で。でもキャプテンをやらせてもらって、責任感みたいなものはそこで身についたかもしれません。
ー 銀行員になる未来は、その頃想像できました?
いや、全くですね。むしろ将来は野球を教える仕事、学校の先生になって部活の指導をしたいと思ってました。
ー そこからなぜ、島根銀行に?
最初は、商業系の勉強をしていたので、金融業界も一応エントリーしておこうかなという軽い気持ちでした。その中でも、学生時代にバイトの給与の振込先として初めて作った口座が島根銀行で、愛着もあったんです。
運よく内定もいただけて、改めて今後のキャリアを考えたときに、地域の方の夢を応援するのもやりがいがあるなと思って、しまぎんに入行しました。
Important
大切にしていること
銀行は“数字”だけでなく
“人”を信じる仕事だった。
ー 実際、お客様の夢を応援する機会はありましたか?
今でも覚えているのは、創業直後の金属加工の会社さん。ひとりで事業をやられていて、大きな仕事も取っていたんですけど、相手が倒産してしまって。数千万円の手形が紙切れみたいになったんです。そんな状況で融資の相談に来られて。
ー 普通の金融機関だと、なかなか躊躇してしまう状況ですね。
そうなんです。数字だけを見れば、すごく厳しい状況。でも工場に行って、社長さんが夜を通して必死に働いている姿を見ていると、逆境を跳ね返すだけのポテンシャルがあるんじゃないかと思えたんです。
ー 数字ではなく、人を見る判断だった?
数字って結局、過去のものなので。もちろん数字をしっかり読み解きますけど、電卓を叩くのは誰でもできること。その数字だけでは見えない部分をどう判断するか。そこは「人」しかないんですよね。未来を作っていくのは、人なので。
ー その経験は、仕事観に影響を与えそうですね。
銀行の本来あるべき姿は、ピンチのときに手助けできて、お客様の夢を叶えることに尽きると思うんです。そんな銀行としての役割を果たせたのは大きかったですね。
ー 結果、そのお客様はどうですか?
新しい機械も入って、新工場も立ち上げて、従業員さんも20名以上。すごく大成功を収められて。今でも他の行員が社長に会ったとき、「今があるのは、K.Iのおかげだよ」と言ってくれているらしく…。その話を聞いたときは、涙が出るくらい嬉しかったですね。
KUSEMONO HISTORY
クセモノ遍歴
K.Ishida
本店営業部
野球少年時代
バット片手に歩き回り、声の大きさでキャチャーに。骨折しても試合に出続ける根性が芽生える。
骨折だらけ大学時代
右手を骨折しながら野球を続けていたが、強豪校出身者のレベルの高さを痛感。バイト・遊びの楽しさにも目覚める。
社会人修行時代
プリントした地図を片手に営業へ。飲み方・ゴルフ・そして“サボり方(息抜き)”まで教わり社会の面白さを知る。
人を信じた融資時代
他行が支援しない企業の成長をともに支えることで、「人を見る銀行員」へと変わった転機。
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