Interview
S.Yonehara
本店営業部/2021年入行
06
気づいたのは、
銀行で働く「意味」でした。
Profile
松江で育ち、広島の大学でサッカーと遊びに明け暮れた学生時代。その時は全く想像していなかった銀行員に――。そこには、責任と人のつながりに背中を押されたストーリーがありました。
Personality
個性
学生時代、銀行とは
「無縁」だと思っていた。
ー 子どもの頃はどんなタイプでした?
姉、弟との三兄弟で自分はサッカーと外遊びばっかりでしたね。公園に行けば自然とボールを蹴ってるみたいな。サッカーゲームにハマったのをきっかけに、“画面だけじゃ物足りない”って、小4でクラブチームに入りました。
ー 高校は強豪校でサッカーをやられていたみたいで。
朝5時に起きて電車に乗って、放課後は暗くなるまで練習して。ポジションは右サイドハーフで、とにかく走る役。周りには全国レベルの選手もいて、「自分はプロにはなれないな」と現実を知った時期でもあります。
ー 大学に進んで、環境はガラッと変わりました?
大学でもサッカーを続けたんですけど、高校のような本気ではなくて、だんだんと遊びに熱中するようになりましたね。バイトして、飲みに行って…みたいな。
ー アルバイトも色々されていたようで。
接客業だったり、先輩に誘われて建設のコーキング・防水の現場も長くやっていました。
ー そこから、どう島根銀行に?
コロナで授業が全部オンラインになって、落としていた単位もなんとか回収できて。「このタイミングでちゃんと就職を考えないとマズいぞ」と。そんな時、とある人から「金融も受けてみたら?」と勧められて、試験を受けたのが地元の島根銀行でした。正直、その時点では“銀行でバリバリ働く自分”なんてまったく想像してなかったです。
Important
大切にしていること
「1年で辞めるつもり」が、
“続けたい”に変わった理由。
ー 入行前の気持ちはどんな感じでした?
正直に言うと、「受かったし、とりあえず入ってみて、自分に合わなければ辞めたらいいか」ぐらいの気持ちでした。アルバイト感覚というか、社会をまるで分かってなかったですね。
ー そんな気持ちが変わったきっかけは?
思ったより早く担当先を持たせてもらって。そこで「今ここで辞めたら、このお客様たちに迷惑がかかる」という感覚が芽生えました。アルバイト時代と決定的に違ったのは、“誰かの生活に直結している責任”を初めて感じたことですね。
ー 地域クラウド交流会に関わり始めたのも、その頃ですか?
そうです。入行2年目に行内募集があり、面白そうだなと思ったので手を挙げました。
ー どんなイベントなんでしょう?
ざっくり言うと、創業5年未満の起業家さん5名がプレゼンをして、参加者の投票で支援金が配分される“リアルなクラウドファンディング+交流会”です。最初の開催は準備に3〜4か月かかりました。集客が一番大変で、ひたすらチラシを配りに出かけ、お客様に飛び込みで説明して…。でも、松江テルサで全国大会を開催できたときは、本当に感動しましたね。久しく感じていなかった、高校時代の部活のアツさに近いものがあったのかもしれないです。
ー その経験が、銀行で働く意味に影響を与えた?
かなり大きいです。銀行って、融資だけが仕事じゃないんだなと思いましたし、「地域の人をつなげて、新しいチャレンジを後押しする役割もある」ということを、交流会の運営を通じて実感しました。
それに、ここで得たやりがいや、お客様との関係を考えると、「これを手放して転職するのはもったいないな」と思うようにもなりました。
KUSEMONO HISTORY
クセモノ遍歴
S.Yonehara
本店営業部/2021年入行
サッカー少年時代
同級生や友達とボールばかり追いかける日々。サッカーゲームがきっかけで本気のサッカーの世界へ。
高校時代
毎朝5時に起きて始発の電車で通学。100名を超える部員と日々切磋琢磨しながら必死にサッカーに取り組んでいました。
解放された大学時代
サッカー漬けの毎日からの反動で、遊びとバイトに振り切りつつ、「ここに人生を預けるのは違う」と就職を再考。
地域と共に歩む現在
経営者や行政、起業家と一気につながり、辞めるつもりだった銀行が、自分にとって意味のある場所に変わる。
Interview
Other Interview