Interview

S.Yonehara

本店営業部2021年入行

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S.Yonehara

気づいたのは、
銀行で働く「意味」でした。

Profile

松江で育ち、広島の大学でサッカーと遊びに明け暮れた学生時代。その時は全く想像していなかった銀行員に――。そこには、責任と人のつながりに背中を押されたストーリーがありました。

S.Yonehara

個性

子どもの頃はどんなタイプでした?

姉、弟との三兄弟で自分はサッカーと外遊びばっかりでしたね。公園に行けば自然とボールを蹴ってるみたいな。サッカーゲームにハマったのをきっかけに、“画面だけじゃ物足りない”って、小4でクラブチームに入りました。

高校は強豪校でサッカーをやられていたみたいで。

朝5時に起きて電車に乗って、放課後は暗くなるまで練習して。ポジションは右サイドハーフで、とにかく走る役。周りには全国レベルの選手もいて、「自分はプロにはなれないな」と現実を知った時期でもあります。

大学に進んで、環境はガラッと変わりました?

大学でもサッカーを続けたんですけど、高校のような本気ではなくて、だんだんと遊びに熱中するようになりましたね。バイトして、飲みに行って…みたいな。

アルバイトも色々されていたようで。

接客業だったり、先輩に誘われて建設のコーキング・防水の現場も長くやっていました。

そこから、どう島根銀行に?

コロナで授業が全部オンラインになって、落としていた単位もなんとか回収できて。「このタイミングでちゃんと就職を考えないとマズいぞ」と。そんな時、とある人から「金融も受けてみたら?」と勧められて、試験を受けたのが地元の島根銀行でした。正直、その時点では“銀行でバリバリ働く自分”なんてまったく想像してなかったです。

S.Yonehara

大切にしていること

入行前の気持ちはどんな感じでした?

正直に言うと、「受かったし、とりあえず入ってみて、自分に合わなければ辞めたらいいか」ぐらいの気持ちでした。アルバイト感覚というか、社会をまるで分かってなかったですね。

そんな気持ちが変わったきっかけは?

思ったより早く担当先を持たせてもらって。そこで「今ここで辞めたら、このお客様たちに迷惑がかかる」という感覚が芽生えました。アルバイト時代と決定的に違ったのは、“誰かの生活に直結している責任”を初めて感じたことですね。

地域クラウド交流会に関わり始めたのも、その頃ですか?

そうです。入行2年目に行内募集があり、面白そうだなと思ったので手を挙げました。

どんなイベントなんでしょう?

ざっくり言うと、創業5年未満の起業家さん5名がプレゼンをして、参加者の投票で支援金が配分される“リアルなクラウドファンディング+交流会”です。最初の開催は準備に3〜4か月かかりました。集客が一番大変で、ひたすらチラシを配りに出かけ、お客様に飛び込みで説明して…。でも、松江テルサで全国大会を開催できたときは、本当に感動しましたね。久しく感じていなかった、高校時代の部活のアツさに近いものがあったのかもしれないです。

その経験が、銀行で働く意味に影響を与えた?

かなり大きいです。銀行って、融資だけが仕事じゃないんだなと思いましたし、「地域の人をつなげて、新しいチャレンジを後押しする役割もある」ということを、交流会の運営を通じて実感しました。
それに、ここで得たやりがいや、お客様との関係を考えると、「これを手放して転職するのはもったいないな」と思うようにもなりました。

S.Yonehara

メッセージ

今、自分のキャリアをどう捉えていますか?

最初は自分に合わないと思っていた銀行で、こうして続けていて、地域クラウド交流会の全国大会までやらせてもらって。気づけば、「ここで腰を据えてやっていきたい」と思うようになりました。

起業家との出会いも刺激的ですね。

そうなんです。大学生の若手起業家で、企業のAI導入を支援している方と出会って、その人がしまぎんにも提案に来てくれて。AI分野でいうと日本は世界と比べて遅れていますけど、それをチャンスと捉えている姿を見て、「自分もこういう人たちと一緒に何か仕掛けたい」と思いました。
今のところAIは完璧じゃないけど、使い方次第で仕事の質や速度を変えられる。地域のネットワークとテクノロジーを掛け合わせるのは、これからの大きなテーマだと感じています。

そんなS.Yさんが、若い世代に伝えたいことは?

「最低限をしっかりやることで、自由度が増えるよ」ということです。銀行は書類もルールも多くて大変なんですけど、そこをサボらずきちんとやると、上司も安心して任せてくれる。そうすると、交流会みたいなプロジェクトに挑戦したり、自分から「こういうことをやりたい」と言えるようになるんですよ。

ただ、最低限ができるまでは我慢も必要ですよね。

そうですね。でも、その先には“自分のスタイルで仕事ができるゾーン”がちゃんとある。だから、就活で悩んでいる人には、自分の軸は持ちつつ、目の前のチャンスも逃さずに掴んでほしいですね。振り返ったら、それが全部つながってくると思うので。

KUSEMONO HISTORY

クセモノ遍歴

S.Yonehara

本店営業部/2021年入行

S.Yonehara

サッカー少年時代

同級生や友達とボールばかり追いかける日々。サッカーゲームがきっかけで本気のサッカーの世界へ。

サッカー少年時代

高校時代

毎朝5時に起きて始発の電車で通学。100名を超える部員と日々切磋琢磨しながら必死にサッカーに取り組んでいました。

高校時代

解放された大学時代

サッカー漬けの毎日からの反動で、遊びとバイトに振り切りつつ、「ここに人生を預けるのは違う」と就職を再考。

解放された大学時代

地域と共に歩む現在

経営者や行政、起業家と一気につながり、辞めるつもりだった銀行が、自分にとって意味のある場所に変わる。

地域と共に歩む現在
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